Interview
キミの人生はキミだけの物語。
物語のある人生を一緒に作ろう!
丸田 徹典
福田産業株式会社 建設資材部 営業部長
まず、現在の事業内容について教えてください。
私は福田産業株式会社の建設資材部・営業部長として、ゼネコンから小さな下請け会社(職人さん)までを顧客に、建設資材全般を扱っています。この部門は18年前に私がゼロから立ち上げ、今では当社の柱のひとつに成長しました。昨年度の売上は6億7,000万円。5年以内に12億円、10年以内には25億円という高い目標を掲げています。
その成長の背景には、丸田さんの営業スタイルがあると伺っています。
私の営業スタイルは、「売る」ということだけではなく、むしろ「価値ごと届ける」という意識を大切にしています。
例えば、コーヒーを依頼された場合、ただコーヒーを提供するのではなく、ミルクやかき混ぜるスプーンまで見積書に入れます。
そして、コーヒーも特徴別に3種類提案する。これが私にとっての営業の基本です。お客様が何を求めているのかをしっかりと理解し、そのニーズに細部まで応えることで、価値を提供することが重要だと考えています。お客様のかゆいところに手が届くように本気で向き合うからこそ、私から買うことを選んでいただけるのだと思っています。
印象に残っているエピソードはありますか?
ある日、長崎新幹線の工事に使う資材を売り込む場面がありました。その時、私は複数のライバル会社と競り合っていたんです。見積りを出すと、私の価格は圧倒的に高かった。それでも、最後に発注をいただけたんです。お客様が言ってくれた言葉が、今でも忘れられません。「俺は丸田さんから買うと決めていたから」って。あの瞬間、私は信じられないほど胸が熱くなりました。価格だけではなく、信頼がすべてを超えるんだと強く実感した出来事でした。
そんな丸田さんですが、幼少期から波乱万丈だったそうですね。
私の幼少期は、まさに波乱万丈でした。両親が体の不自由な家庭で、私は小さな頃から“家族を守る側”でした。当時は、今のように社会全体で障がいを持つ人への理解やサポートが十分あったわけではありませんでした。だからこそ、家族の中で支え合うしかなかったんです。
朝起きると、まず父の着替えを手伝い、痛む体をそっとマッサージしてあげる。
「今日も、少しでも父が楽に過ごせたらいいな」そんな気持ちを込めながら。
そのあと、母の朝食を用意し、薬を準備して、「お母さん、温かいうちに食べてね」と声をかける。
ようやく自分の支度を整え、学校へ向かう──そんな毎日でした。
家に帰れば、買い物、料理、洗濯。両親の身の回りの介護や病院への付き添い、役所への手続きまで、やるべきことは、まるで尽きることなく山積みでした。
友達と遊びたい気持ちも、もちろんありました。外から聞こえる笑い声に、胸がきゅっと締め付けられることもありました。
ときには、「今日は少しでも、自分が楽できたらいいのに……」
そんな思いが心をよぎる日も、正直ありました。それでも、手を止めることはありませんでした。
心のどこかで、いつも思っていたからです。「自分がやらなきゃ、誰がやるんだ」と。
まだ10歳にもならない頃から、“自分は誰かの役に立つために生まれてきたんだ”そんな使命感を、自然と心に抱くようになっていたのかもしれません。
この環境こそが、今の自分を形作る、大きな原点だったと思います。
社会に出てからも、自分自身との葛藤が続いたと。
大学卒業後、大手製紙会社に就職しましたが、正直言って、やりがいを感じられませんでした。自分が求めていたものとは違っていて、数か月で退職を決断しました。この決断は決して楽なものではなかったんです。「せっかく入ったのに」「もったいない」と言われることも多くて、自分でも何度も悩みました。
でも、その時の自分には、「これが自分の道じゃない」と感じる何かがありました。
その後、何かに打ち込まなければならないと思い、アルバイトに没頭しました。毎日が焦りの連続でした。
夜、布団に入ると、いつも「自分には何ができるんだろう?」という疑問が頭を巡り、深夜まで眠れない日々が続きました。
「何者にもなれないのでは?」という不安に押しつぶされそうになりながら、それでも、諦めることなく、自分の道を探し続けました。
アルバイトの合間を縫って、就職活動も徹底的に行いました。
履歴書を何枚も書き、面接にも何度も挑戦しました。
焦りと不安に押されながら、それでも、自分の可能性を信じて動き続けたんです。
そして、ある日。
ハウスメーカーの面接に臨んだとき、私は運命的な出会いを果たしました。
そこで出会った上司が、どんな小さな仕事にも「誰かのためになる」という信念を持っていて、その言葉が、心の奥に深く突き刺さったのです。
「仕事って、やらされるもんじゃない。向き合い方で価値が変わるんだぞ。」
この言葉が、今でも自分の中で生き続けています。
それが、私が何かを成し遂げるための原動力になった瞬間でした。
運命の出会いを経て、新たな挑戦へ。
その上司との出会いに背中を押され、私はハウスメーカーの世界に飛び込みました。
「仕事は、向き合い方で価値が変わる」──その教えを胸に、営業の道を歩み始めたんです。
しかし、現実は甘くありませんでした。
最初の数か月は、契約どころか、まともなアポイントすら取れない。
玄関先で門前払いを食らったり、電話をガチャ切りされる日々。
帰り道、自分の足音だけが夜道に響くたびに、
「やっぱり自分には無理なのかもしれない」
そんな思いが、頭をよぎりました。
それでも、諦めるわけにはいきませんでした。
あの頃の自分には、「逃げる」という選択肢はなかった。
「必ず結果を出してみせる」
そう心に決めて、次の日もまた玄関のチャイムを押しました。
毎日、靴底をすり減らしながら、テレアポと飛び込み訪問を繰り返しました。
両手には、チラシをぎっしり詰め込んだ大きな紙袋をぶら下げて。
汗だくになりながら、必死で、ひたすら人に会い続けたんです。
ある日、訪問先のお客様に、こう言われたんです。
「君、本気だね。そこだけは伝わってきたよ。」
そのひと言が、私の中の何かを変えました。
テクニックではない。うまい言葉でもない。
「本気」でぶつかることこそが、営業の原点なんだ──そう確信した瞬間でした。

そこからです。
持ち前のハングリー精神と、誰にも負けない努力と行動量で、徐々に成果を上げ始めました。
順風満帆ではなかったけれど、あの頃、靴底をすり減らしながら、両手に紙袋をぶら下げて泥だらけで必死だった日々こそが、今の自分の礎になっています。
建設資材業界との出会いは?
人脈を通じて、「橋を作る建設会社に資材を売る仕事」があると聞いたんです。その時、私は心が震えるような感覚を覚えました。「橋を作るという壮大な仕事を、裏から支える立場で関わることができる?」「こんな素晴らしい仕事があるのか?」と。26歳の時、この業界に飛び込む決意をしました。
その後、持ち前のガッツと努力で成果を上げることができました。しかし、当時は情熱が強すぎて、周りにも同じ熱量を求めてしまっていました。「なぜ頑張らないんだ」「本気になればできるのに」と、押しつけていたんです。その時はその熱意が正しいと思っていましたが、振り返ると、それはただの押しつけに過ぎませんでした。
そしてある時、気づいたんです。大切なのは「相手のペースを尊重し、共に成長すること」だと。この気づきが、私の営業人生の礎になりました。それからは、相手の立場に立ち、共に成長し合うことがどれほど重要かを学びました。
それが、今の自分を作り上げた大きな転機でした。
大阪の企業でも、ひとつの転機があったそうですね。
もっと自分を鍛えようと思い、大阪の大手企業に転職したんですが……まったく通用しなかった。
文化も、言葉も、やり方も違う。悔しくてたまらなかったです。
その後、人脈を介して東京に戻ることになり、ゼロから価値観や考え方を学び直しました。
「失敗の原因はすべて自分にある」ことに気づき、自己を徹底的に磨き上げたんです。
そうして挑んだ中堅建材メーカーで、営業職として成果を出し、過去最高の売上を達成しました。
やっと、自分自身の“再生”が形になったと感じた瞬間でした。
福田産業との出会いと、はじめて“人に頼った”決断
その頃、中堅建材メーカーで活躍していた私に、「ぜひ力を貸してくれないか!」と声をかけてくれたのが、福田産業の創業社長でした。その言葉には、魂を揺さぶられるような力がありました。
入社してからは、仕入れ先や新規顧客の開拓に奔走しました。
でも最初は本当に厳しかった。人脈ゼロ、仕入れルートもない。営業も見積りも出荷も伝票発行も、全部自分。身体はボロボロで、帰宅後に風呂場でうずくまった夜もありました。そして体力も気力も限界に近づいていきました。
そのとき、私は人生で初めて、「人に頼る」という決断をしました。
「1年だけでいい。私の仕事を手伝ってくれませんか。」
そう頭を下げたのは、当時の社長の息子であり、今の社長です。
これが、私にとって大きな転機となりました。
「人に頼るのは、悪いことじゃない。苦しいときこそ助けを求めていい。仲間を増やせば、大きな成果が出せる。」その気づきが、私を変えました。
そして私は、当時配送部門にいた大久保さん(現係長)を抜擢し、チームづくりを始めました。
当時は、初めてのチームづくりに手探り状態で、うまくいかないことも多かった。

それでも、「人に頼ること」を恐れず、一人ひとりに真摯に向き合っていくうちに、少しずつ仲間が増えていきました。
そして今では、かけがえのない仲間たちとともに、“誰かのために働く”という本当の意味を、日々実感しています。
自分のために働く人生から、「誰かのために頑張れる人生」へ
当初、私は社長の息子を「牛若丸と弁慶」の関係のように感じていました。
しかし、実際には彼は最初から芯の通った男で、私が思っていた以上にリーダーとしての資質を備えていました。
彼が持つリーダーシップに触れるうちに、私は彼をただの“息子”としてではなく、将来を担う立派な社長だと確信しました。
今では、彼はまさに義経のように、どんどん成長しています。
そして、私はその成長を支え、「この人を誰もが認める社長にする」という目標が、私の人生の目的になりました。
また、チームの要として最初に声をかけた大久保さん(現係長)にも、私は多くのことを教えられました。
正直に言えば、これまで何度も彼を振り回してしまったし、居心地の悪い思いをさせてしまったこともあったかもしれません。
それでも、最後までついてきてくれた彼には、必ず恩返しをしなければならないと心から思っています。
そして、私自身もまた、「人のために頑張れる自分」に出会えた──
それは、かつての自分からは想像もできなかったことでした。

丸田さんが考える「働く意味」とは?
これまでは「自分のため」に頑張ってきましたが、今は「人のため」に頑張りたいと思っています。仲間が「夢と目標」を持ち、それに向かって走れるように後押しするのが、私の役割だと考えています。
「未来を切り開く勇気」を持つ人たちと、共に成長していきたいんです。
それが、私の仕事人生の第2ステージだと思っています。
この先も、私はどんな状況でも仲間のために力を尽くしていくつもりです。
求める人物像
“まだまだ燃えたい人”と一緒に走りたい
福田産業の経営理念には、「未来を切り開く勇気」という言葉があります。
私はそれを、自ら実現しようとする一方で、仲間が“自分の未来を切り開く力”を持てるよう、全力で後押ししています。
「誰もが夢と目標を持てる組織にしたい。生きる目的が見つからない人に、“ここで本気で頑張ってみよう”と伝えたい。」
だからこそ──
「ここなら何とかなるだろう」ではなく、「本気で未来を切り開きたい人」と共に歩みたい。
すべての人に伝えたいこと
誰だって、再チャレンジできる。
福田産業には、その舞台があります。
- 過去に挫折したことがある人
- 今、自分を変えたいと思っている人
- 向上心と成長意欲がある人
- チームで一緒に燃えられる人
そんな“まだまだ燃えたい方”に、最高の環境を用意しています。
私たちは、成功するために働いています。
大切なのは、続けること。失敗を恐れず、まずは一歩踏み出してみてください。
その一歩が、新たな未来を切り開く。
努力は、いつか必ず結果となって返ってきます。
成功とは、物心ともに豊かになること。そのために、私たちのチームが先頭に立って走ります。
私は、ギブ・アンド・ギブの精神で、仲間の可能性をとことん引き出せる存在でありたい。
与えることをやめず、信じ抜く覚悟で向き合っていきます。
私と一緒に、未来を切り開こう。
丸田さんってこんな人です!
休日は「ふたり時間」を大切に
妻と一緒に釣りに出かけることが多いですね。釣った魚は私がさばいて、ふたりでゆっくり食卓を囲みます。それが、何よりの贅沢な時間です。
また、小さなガーデニングで花や野菜を育てるのも楽しみのひとつ。昨年の夏は、キュウリの苗1本から192本も収穫できて、家族で大笑いしました(笑)。
私の最大の理解者は妻なので、休みの日は彼女のために時間を使いたいと思っています。仕事では“闘う男”でも、家庭では“支える男”でいたいんです。
最近ハマっているのはゴルフ!
最近は、ゴルフにも本気で取り組んでいます。
500ヤード以上も離れた場所にある、直径108ミリの穴に、直径42ミリの小さなボールを入れる──
シンプルだけれど、実はとても奥が深い世界です。
「思い通りにいかないところ」「焦るとダメなところ」…なんだか、人生に似たドラマがあって、そこがすごく面白いんです。
小さな努力を、コツコツと
私が大切にしているのは、『101%の努力』という考え方です。
「昨日の自分を、たった1%超える」。
それを積み重ねれば、1年後には自分が37.8倍成長できるという法則があるんです。
だからこそ、今日も1%の積み重ねを大切にしています。
そして、もうひとつ大事にしているのが…“ハッタリ”です(笑)。
たとえば「ちょっと難しいかも」と思っても、まずは堂々と「できます!」とお客様に言い切る。その瞬間、もう後には引けません(笑)。
でも、そのプレッシャーが自分の背中を押してくれるんです。
覚悟を決めた人間は、意外と何でもできるものです。
「根は真面目で不器用。でも、やると言ったらやり抜く男。」
それに加えて、実はけっこう優しくて、涙もろいところもあります。
最近は、部下のちょっとした成長や変化を見るだけで、胸が熱くなることも増えました。
「人って、本気になれば本当に変われるんだな」と感じる瞬間に、グッときてしまうんです。
そういう時、“丸田さん、意外と情にもろいですね!”なんて言われると、ちょっと照れくさいですけどね・・・(笑)。
未来を切り開くのは、ここからだ。
どんな過去があってもいい。
どれだけ失敗を重ねていてもいい。
大切なのは、もう一度、自分を信じること。
そして、仲間と一緒に、歩み出すこと。
ここには、未来を切り開くためのステージがある。
次は──君の番だ。
一緒に、未来を創ろう。




